Active Feeling

ACTIVE DESIGNの日常やその時に感じたことなどを書いていきたいと思います。
TOKYO CRUISING
打合せやPLANNINGで仕事に忙殺されている佐藤を残し、一人東京に、と言っても一応新築マンションのお宅のインテリアコーディネートの仕事で行って来ました。

マンションというのは、中央区晴海に新築されているスカイリンクタワーという50階建ての高層マンションです。この辺りでは同様なタワーマンションの建設が相次いでいて、数年前とは町の様子も様変わりしつつあります。近くにはもんじゃ焼で有名な月島や築地市場などがあり、銀座までバスで10分という好立地です。


もうすぐ竣工するスカイリンクタワー。その向こうに見えるのは6年前にオープンしたトリトンスクエア。


すぐ近くに巨大な中央清掃工場(十数年前までは東京国際見本市があった場所。東京ビッグサイトや幕張メッセの開業によりその使命を終え、跡地にできたのが清掃工場です)があり、その隣の空き地にはこの前まで「2016年、東京オリンピックスタジアム予定地」と記された看板が掲げてあったそうですが、それも撤去されてしまっていました。



夕食は築地でお寿司をいただきました。ここは「すし大本館」というお店で、カウンター席が1階と地階の2か所にある、地元でも定評のあるお店です。それにしてもカウンターで食べる江戸前のお寿司ってどうしてあんなに美味しいんでしょう。



以下は今回まわって来た東京の最新スポットをご紹介します。

ここ数年、東京で一番ホットなエリアと言えば、やはり丸の内界隈ではないでしょうか。
ということで、今年9月にオープンしたばかりの丸の内パークビルとブリックススクエア、三菱一号館のエリアへまずは足を運びました。



手前のレンガの建物が三菱一号館。奥のビルが丸の内パークビルディングです。三菱一号館には来春「三菱一号館美術館」がオープンの予定です。



こちらがテナントがたくさん入ったブリックスクエア。1階右側に見えるのは「ラ ブティック ドゥ ジョエル・ロブション」ジョエル・ロブション監修による、ブランジュリー&パティスリーにカフェを併設した新業態のブティック..だそうです。



この日は雨だったため人影がありませんが、晴れの日曜日などは、この中央のガーデンはたくさんの人で賑わっているようです。



雨にもかかわらず傘をさしながらの行列に何事かと行ってみると、そういえばテレビでみたぞ、このお店。ここは三ツ星レストランやヨーロッパのロイヤルファミリーにも愛されるフランス産高級バター「エシレ」のお店「エシレ・メゾン デュ ブール」なのでした。そのエシレ・バターと、エシレ・バターを100%使った、オリジナル・レシピによるできたてのお菓子、パンを販売する、世界初のエシレ専門店だそうで、一番人気のクロワッサンは連日開店と同時に売切れとのこと。並んでまでは、と何も買わなかったのですが、今思うとバターでも買って来ればよかった。


丸の内界隈のホットなスポットと言えば、新丸ビルや丸の内仲通り、そして有楽町のマロニエゲート、イトシアなどたくさんありますが、もう一つをあげるとすれば、今は東京駅でしょう。

2年前にエキナカGranSta(グランスタ)として、駅の構内(改札を入ってからのエリア)に有名スイーツや絶品弁当などを売るデパ地下のようなコーナーがオープンしまして、私もその直後に行きましたが、その時よりもずっと進化していました。現在ではエキナカの文字は消え、食をメインとする48のショップが、2周年を迎えて、「GRAN MUSEUM」と題したイベントで期間限定オリジナル商品を提供していました。



東京駅の待ち合わせスポット「銀の鈴」の横に行列ができていたのは、「日本橋錦豊琳」の「ちょこかりんとう」の限定商品でした。



本当に行列が好きな日本人。嗜好品であるスイーツを並んででも買いたい人がこんなにたくさんいるのに、本当に日本は不景気なのだろうかと思ってしまうほどです。ということで、もう一箇所、駅に隣接する大丸デパートでも「ねんりん家」のバウムクーヘンに行列ができていました。ここの商品は羽田空港にもあると聞き、それなら並ばなくていい空港で買おうと、早めに空港へ行ったのですが、熊本行きの搭乗口とは正反対の方向だったので、かなり歩くはめになってしまい、足が棒になりました。



さらに地下の東京駅一番街にできていたのが、「TOKYO キャラクターストリート」です。各テレビ局のショップや人気キャラクターグッズショップなど15店舗が集合している、東京のお土産選びに最適な新名所です。お台場や汐留に行かずとも、全テレビ局のグッズが一箇所で購入できるなんて、なかなかうまいことを考えたもんです。ちなみに私は日テレショップでテリー伊藤の「テリピタ」を買って帰ったのですが、これがなかなかウケまして、家族のストレス解消に役立ってマス。


どんなに強く投げつけられても、無表情のまま元に戻るテリーくんです。



もう一つ、今超ホットな観光名所といえば、現在墨田区押上に建設中の東京スカイツリー。
2012年春に完成予定の自立式電波塔で、当初の高さを610.58mとする予定だったところ、2009年10月16日に高さ634mに修正、自立式電波塔の高さ世界一を目指すことになったというもの。なんでも設計や強度を変更したり総事業費(650億円)を見直したりしなくても、先端のアンテナ部分を長くして最高640メートルまで“背伸び”できる奥の手を使ったとのことで、現在中国広州に建設中の電波塔、610mを引き離して世界一になる予定です。


建設途中のスカイツリーの全景が見える撮影スポットには、休日にはたくさんの人が集まっているとテレビで紹介していたので、軽い気持ちで行ってみました。半蔵門線の押上駅を降りて、適当に全景が見えるところを探して写真をとっていたところ、その京成橋という橋は、かなりよい撮影ポジションだったらしく、夕暮れ間近だったにもかかわらず、2、3人の男性が写真を撮っていました。


現在174m。

SuicaやPasmoのお陰で、東京を歩き回るのが本当に便利になりました。いちいち切符売り場に並んであそこまで行くからいくらだとかしなくてもいいので、非常にスムーズに流れて行けます(その前に路線図はしっかりチェックしておかねばなりませんが)。地下鉄やバスを駆使すれば、23区内であれば短時間でどこへでも行けるし、現金を使わず買い物だってできる。電子マネー恐るべしです。

それにしても、本当によく歩いた二日間でした。東京に住んだら痩せるかもー。
(文責:K. Sato)
| デザイン紀行 | 20:57 | comments(0) | trackbacks(0)
アメリカ旅行総括
今回ほど時差ボケに苦しめられた旅は初めてです。年のせいもあるのでしょうが、完全に元に戻るまでに1週間ほどかかってしまいました。ちょうど帰った途端にこちらが梅雨まっさかりのジメジメとした気候だったこともあるかもしれませんが、向こうで受けた刺激を、完全に消化しきれないまま、悶々と1週間が過ぎた感じでした。

ファンズワース邸と落水荘。





この二つの建築を実際にその空間で体感できたこと。
そのことの意味は今はとても大きいです。

そしてニューヨーク、シカゴ、ペンシルバニアで体験したアメリカという国の多様性。
暮らしとは何か、豊かさとは何なのか。



ペンシルバニアのぬける様な青空と一面のとうもろこし畑の残像が、この陰鬱な天気と時代の閉塞感を、今は少しだけ爽やかに感じさせてくれています。

留守中のチームA+Dの現場では、岩清水くんがしっかりと現場を見てくれていて、メールでは毎日写真を送ってくれていました。お陰で現場は予定通り、手戻りもなく、8月8日(土)と9日(日)には完成見学会を行うことに決まりました。

| デザイン紀行 | 14:08 | comments(0) | trackbacks(0)
いよいよ最終日
いよいよ今日で楽しかったアメリカ旅行も終わりです。今夜の便で帰国するため、お昼頃、ニューヨークに向かって出発します。それまで近所をちょっと散歩して、荷物の整理やおうちの写真を撮らせてもらったりして過ごしました。建築もたくさん見れたし、Home Stayまでさせてもらえて、本当に有意義な旅だったです。




ここら辺は高級住宅街ではありますが、それにしても敷地が広い。国土も広いし、すべてが大きいアメリカを今回は体験した旅でした。でもエコに関しては、ちょっと意識が薄いかもと思いました。消費することがアメリカンドリームという意識が、まだこちらの人の中には生きているのかな。


通りに面したところにゴミ箱を出しておくと、ゴミ収集車が中身を収集していきます。分別することはほとんどなく、すべて埋め立て処分されるそうです。ちなみに生ゴミは流しのごみ受けに付いているディスポーザーで粉砕したものをそのまま下水に放流。


犬を飼っている家が多く見られましたが、どこの犬も塀も柵もないのに敷地の外へは出ないので、上手に躾けてあるんだなーと感心していたら、何と敷地のまわりに目に見えない電気のライン?のようなものが張り巡らされていて、そこを通ると犬の体に埋め込んであるチップに反応して電気ショックを与えるので、敷地の外へは出ないのだそう。なーんだ、そうだったのか。どうりであんまり賢そうな感じでもなかったのにどの犬も出ないわけだ。それにしてもそのシステムがすごい!!


このテラス、持って帰りたい。ここでビール飲みながらこのブログの更新もしました。


バーベキューマシン。火力強そう。初日のTボーンステーキもこれで焼いてくれてました。美味しかったなー。
ホームセンターで見たけど、100ドル台で売ってるものもありました。


こちらでは、プールがある家は家のまわりに塀を建てなければならないという決まりがあるそうです。よその子供とかが入り込んで溺れたりするといけないので。したがってMASAKOの家では目に見えない電気ショックのラインは必要ありません。でもジェスタはとてもお利口で、たとえ柵がないところでも、多分外へは出ないかも。


ほとんど使われていないリビングでくつろぐ佐藤。リビングみたいな部屋がたくさんあるこの家。Malinaちゃんにお部屋いくつあるの?と聞いたら「数えたことがないから分からない」という答えが返ってきました。でも普段使っているのはそれぞれの寝室とキッチンがメイン。


フルートを習っているMalinaちゃん。毎日練習しています。その音色には癒されますよー。


キッチンの出窓に飾ってあるのはAnnaちゃんが描いた蝶の絵。才能を感じますな。またAnnnaちゃんは水泳をやっていて、ペンシルバニア代表でジュニアオリンピックにも出場したのです。


道路側から見るとあまり分からないけど、段差を利用してあって、実に広いMASAKOたちの家。


地下といっても庭側から見れば1階のようなものですが、ここにはテレビを見たりビリヤードをしたりするリビングのほかに、トレーニングジムの部屋やテッドさんの寝る部屋、そしてプールに面したカウンターバー?まであるのです。


トレーニングルーム。サウナもあるでー。



ジャグジーもあります。
何でもありすぎて、逆に豊かさって何だろうということをつい考えてしまった、そんなAmerican Lifeです。


出発の時、ガレージの前で


AnnnaちゃんとMalinaちゃん、いろいろ教えてくれてありがとう!



NYにはここから車(高速道路)で約3時間。MASAKOたちは3年前までニューヨーク郊外に住んでいて、そちらにも家を持っているというRich Familyです。NYの家の近くのショッピングセンターに立ち寄って買い物をし、テッドさんと合流したあと、イタリアンレストランでみんなで最後の晩餐。




途中、WEST CHESTERというニューヨーク郊外にあるショッピングモールに立ち寄りました。ここはちょっと高級なモールで、ニューヨーク郊外に住むアッパークラスの奥様方などがよく利用されているのだそうです。


"RESTRATION HARDWEAR"というこのお店は、住まいに関する雑貨や備品がそろっているお店で、スイッチプレートやドアノブ、ヒンジ等に至るまでデザイン的にもかなり満足のいく品揃えでした。ネットでの販売もしているみたいです。


ニューヨークのMASAKOの家の前で、ご主人のテッドさん。ここはマンハッタンまで車で約20分というアービントン(Irvington)という町で、こちらの家も森のように広い庭があります。もうテッドさんスゴ過ぎる!


お別れの前に、MASAKOの家の近くにあるイタリアンレストランで食事しました。生パスタがめちゃくちゃ美味しかったです。テッドさんのご両親はイタリアからの移民で、以前来た時にはお母さんの手料理のラザニアをいただいたことがあります。やはり麺からパスタマシンで手作りされていました。だからAnnaちゃんもMalinaちゃんもパスタが大好き。そんな仲良し家族との最後の食事を終え、無事にJFK空港0:30発のソウル行きで帰国の途につきました。MASAKO、テッドさん、本当にありがとう!!!



夜中の便に乗るというのは、昼間の時間を有効に使える上に、乗ったらすぐ眠くなるという一石二鳥(MASAKOが言ってたけど一石二鳥のことを英語でも kill two birds with one stoneと言うそうです)の効果があり、帰りの便の13時間はあっという間に過ぎました。またまた機内食にはビビンバを食べ、ASIANA航空は喜び組?という位、美人揃いのCAたちのアツいもてなし(本当にサービス満点でした)により、またソウル線で行きたいと思うほどでした。



予定より1時間くらい早くソウルに到着したので、乗継ぎの6時間半はブログを書いたり、免税店をうろついたりして過ごしました。ソウル・インチョン空港からは北京、上海、台湾、香港、マニラ、シンガポール、そして日本の成田や福岡などのアジア各都市のほか、欧州各国やオセアニアなどほとんどの国への便があるので、本当に世界各国の乗降客で賑わっていました。インチョン空港は24時間飛行機の離発着がある、世界一のハブ空港だそうです。

帰りのソウル−熊本線は、日韓両国の観光客が結構たくさん乗っていて、満席とまではいきませんが、8割方席が埋まっていました。

熊本空港に着いた途端、その蒸し暑さに「帰ってきたー!」という実感を感じるとともに、時差ボケと長旅による疲れがどっと噴き出してきた私たちでした。
さあ、明日から仕事、がんばるぞー!!

| デザイン紀行 | 12:23 | comments(0) | trackbacks(0)
American Life
予定していた建築見学は無事終了し、残りの日程は、MASAKOの家の周囲を散歩したり、地元のスーパーマーケットへ行ったり、お土産を買いに行ったりと、それまでにないゆったりとしたペースで過ごしました。

Costco:日本にも9店舗ほどある(私は行ったことないのですが)コストコ。こちらではコストコではなく「キャースコゥ」てな感じの発音で呼ばれており、倉庫型の大規模小売店として、それこそ生活にかかわるすべてのもの(車もありました)を売っていました。




40インチのアクオスが$749.99でした


任天堂Wiiも山積みされてました


ハムやベーコン類


サーモンもこのサイズ

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何とこの一角はすべてサプリメント。医療費が高いアメリカではみなたくさんのサプリを愛用しているようです。


アメリカにもいましたよ、試食販売のおばさん。


一人でこの位まとめてご購入。カートだって日本の倍はあります。


アーミッシュの方たちも何人かでまとめ買いに来てました。車の所有はしないけど、必要によっては借りて使われるらしい。免許は持っているのね。
もちろん馬車で来る人もいて、ちゃんと馬車用の駐車スペースもありました。


次に行ったのはDIYのためのホームセンター「HOME DEPO」


冷蔵庫。どれもデカイっす。


便器。不思議なのはこちらではウォシュレットのニーズがなく、置いてもいないこと。


シャワーヘッドはこんなにあります。とくにひまわりのような大きなシャワーヘッドはカワイイのだけれど、固定式なので、日本人には不人気です。


電気のスイッチ関係のコーナーを物色する佐藤。日本でも使えそうなオシャレなやつをいくつか買い込んでました。

その後、アウトレットのショッピングセンターにも足を運び、セールになっているお店でTシャツを買ったり、ブランドのお店をひやかしたりして帰宅。MASAKOは私たちを連れて帰るなりオフィスへ直行。夕食にはピザを買ってきておいてくれました。忙しいのにごめんね。


ピザだってこの通りアメリカンサイズ。Annnaちゃんが、「日本のピザにはゆで卵とかがのってて信じられなーい」と言ってましたが、確かにシンプルなピザはチーズの味が生きていて美味しかった。


さて昨日買った椅子をどうやって持って帰ろうかと思案した揚句、ぷちぷちのエアクッションを何十にも巻きつけ、あえて箱には入れず、中のイスが見えるような形で、"われもの"の手荷物として預けようということになりました。Malinaちゃんが手伝ってくれて、最後にマジックで「Fragile」(われもの注意みたいな意)と表面に書きまくって完成です。


子供たちと留守番の図。テレビはほとんど見ないここの子供たち。もっぱらパソコンで日本のテレビ番組(特にお笑い)をウォッチしているそうです。
| デザイン紀行 | 00:43 | comments(0) | trackbacks(0)
Falling Water 落水荘
今日は、朝4時出発でライトの傑作「落水荘」を見に行きます。どうして4時に出なければならないかというと、落水荘のツアーで内部の写真を撮ってよいのは「in depth tour」という8:30スタートのツアーのみだからです。落水荘はペンシルバニア州南西部のミルランという小さな町の森の中にあるのですが、MASAKOの家からは、車(高速道路)で3時間半ほどかかります。MASAKOも初めて行く場所ですので、少し余裕を持って4時に出発することになったのです。佐藤もあらかじめ国際免許証を取得してきており、MASAKOと交替で運転することにしました。ちなみにMASAKOの車はメルセデス R350。スバラシイ乗り心地です。










落水荘はピッツバーグのデパート・カウフマンズ(現在はメーシーズが吸収)のオーナー、エドガー・カウフマンとその家族が週末をすごすための別荘として、ライトが設計、1939年に完成した建物です。'30年代当時、鉄鋼業で栄えていたピッツバーグは、「スモーキーシティ」と呼ばれるほど大気汚染がひどく、ゆとりのある人たちは、週末にはピッツバーグ郊外へと清涼な山の空気を求めて出かけていたようです。落水荘もそんな別荘の一つでしたが、「建築は自然環境の不可欠な一部だ」という思想の持ち主であるライトは、このミルランの美しい滝を、時々眺めるだけの建物ではなく、「ともに住み、毎日の生活の一部となるような」建物としてつくったのです。


駐車場からビジターセンターまでの小道をワクワクしながら歩く


ビジターセンター


ガイドは笑顔がやさしいウィリアムさん。先着順に10人〜15人位のグループに分かれて見学します。私たちがビジターセンターに戻って来たときには18番目のグループが出発していました。私たちは1番最初のグループだったので待たずに見学できたので早く行ってよかったです。私たちのグループの他の人たちは皆、他の州から来られていたので、MASAKOが驚いてました。


森林浴をしながら、しばらく山の小道を歩いて、ようやく建物が見えてきました。
写真で見るのと実物では全く別のものに見えた、というのが私の印象です。"有機的建築"のその意味が本当に実感としてよく分かる−そんな感じでした。













































約2時間半、たっぷりと内部を見てまわり、写真ではわからないスケール感や空間構成を体感できたことは、何にも代えられない貴重な経験となりました。フランク・ロイド・ライトという巨匠の偉大さをあらためて感じるとともに、今ますます尊敬の念が沸いてきています。
来てよかった。本当に。




| デザイン紀行 | 01:19 | comments(0) | trackbacks(0)
ペンシルバニア三昧
今日はアーミッシュの人たちの営むお店や地元のマーケットなどを散策します。



ファーマーズ・マーケット


地元の農家の方やアーミッシュの人たちがつくった野菜やハム、ジャムやお菓子などが、ところ狭しと並んでいて、見ているだけでも楽しく、またお腹がすいてくるようなマーケットです。












アーミッシュの女性はこのようなネットの帽子(夏用?)を被っています。


アーミッシュの子供たちがポニーに馬車を引かせていました。彼らは写真を撮られるのを嫌がるので(誰だって知らない人からいきなり写真を撮られるのは嫌ですよね)、車の中から撮りました。


ここは観光地として整備されているアーミッシュのテーマパークのようなところ。観光バスもとまっていて、たくさんの人でいっぱいでした。






とあるお店でシェーカーの古い椅子を発見。小ぶりで結構使い込まれてはいるものの、まだまだ現役ですよと私を呼んでいたような気がして、
買ってしまいました。


お店の人の話によると、1960年代につくられたものらしい。そんなに古いかな?とも思いましたが、ここで出会ったのも何かの縁と勝手に決めて、お買い上げでーす。しかしどうやって持って帰ろうか。


今夜はタコス。私たちが辛いものに目がないと知って、MASAKOの子供たちも大好きなメキシコ料理のTACOSをつくってくれました。とくにやわらかい皮のトルティーヤは日本ではあまり手に入らないので、めちゃくちゃ美味しかったです。つぶしたアボガドとタマネギ、トマト、コリアンダー(MASAKOはサンチョと呼んでいた)、ライムなどを混ぜたワカモレ?という緑の具は初めて食べましたが、本当にGood!


AnnaちゃんとMalinaちゃん。二人とも熊本弁もOKのバイリンガルなティーンエイジャーです。

| デザイン紀行 | 00:53 | comments(0) | trackbacks(0)
ペンシルバニアへ
8:30発の便でペンシルバニアへ向かうため、朝6時ごろにはホテルを出発。安いチケットにしたので、エリー湖畔にあるオハイオ州の都市クリーブランドで乗り継ぎます。約1時間のフライトでシカゴから再び東部ゾーンに1時間戻り、その後ペンシルバニア州のハリスバーグ空港へ約30人乗りのプロペラ機で向かいます。




プロペラ機といっても乗り心地にそれほど差はなく、ちゃんと飲み物とプレッツェルのサービスもありました。

乗り継ぎも順調に友人MASAKOとその家族が住むペンシルバニア州に到着。ハリスバーグ空港まで車で迎えに来てくれ、彼女たちの住むRititzという町に向かいます。




MASAKOの家



着いてみてあまりの豪邸ぶりにびっくり仰天!!プールもあれば地下にはプールバー(ビリヤード台にカウンターバー)まである、日本人の私たちからすれば夢のようなアメリカンドリームハウスで、到着するなりお宅拝見を開始してしまいました。迷子になりそうな(というか実際なりました)大きな家でSuccessful!!拍手

ペンシルバニアには、アーミッシュの人たちがたくさん住んでいます。彼らは今でも馬車に乗り、電気・電話・車・コンピューターを使わない質素な暮らしを営んでいます。ハリソン・フォード主演の映画「目撃者」にここランカスターのアーミッシュの様子が描かれています。


彼らは馬や牛を飼い、夏にはトウモロコシなどの農作物をつくり、冬場には家具やキルトなどを手づくりして生活しています。


洗濯物干しのロープでわかるアーミッシュの人の家





MASAKOのご主人はアメリカ人で、ここペンシルバニアで自動車の販売(卸・小売)をされています。最近はインターネットでの販売もかなり多いそうで、広いオフィス&ガレージにつれていってもらいました。








ガード・ドッグのジェスタ(スタンダードプードル)が出迎えてくれました。


この日、MASAKOが2軒の家具をつくるお店に連れて行ってくれました。

1軒目はシェーカースタイルの家具をアメリカの一般家庭向けにアレンジして製造・販売しているお店です。工場の中まで見せていただき、気さくにポーズまでとってくれました。








2軒目はフェイマス・エイマスさんというアーミッシュの方の自宅敷地内の工房です。フェイマスさんは夏場は農作業や酪農、冬場は家具の製作をされていて、MASAKOの家でもこの方に家具をつくってもらったそうです。本当はフェイマスさんの写真を撮りたかったのですが、アーミッシュの方たちは、写真を撮られることを好まないので、代わりに工房の様子や納屋にあった馬車などを撮らせてもらいました。












夕食は、アメリカンバーベキュー。Tボーンステーキやヒレ肉のかたまりのバーベキューなど、日本にはないビッグサイズバーベキューは、とてもやわらかく、つい食べ過ぎてしまいました。MASAKOのご主人のテッドさんがお気に入りのオーパスワインをあけてくれたので、こちらもついつい飲みすぎて、翌日は皆二日酔い気味でした。本当にニューヨークでのお粗末な食事がウソのように、こちらに来たら暴飲暴食で一気に肥りそうです。

その後、近くの公園に蛍がたくさんいるというので、千鳥足で見に行きました。日本の蛍とはまた違った点滅?の仕方で、森の木に群がった何万という蛍が明滅する様は、クリスマスツリーのイルミネーションのようで、それはそれはロマンチックでした。写真を撮ったのですが真っ暗にしか写っておらず、お見せできないのが残念。
| デザイン紀行 | 01:16 | comments(0) | trackbacks(0)
シカゴ建築財団バスツアー
シカゴ最終日のイベントは、ネットで予約しておいた、シカゴ建築財団が主催する「Farnsworth House PLUS by Bus」というバスツアーです。このツアーではミース・ファン・デル・ローエの代表作「ファンズ・ワース邸」をメインとしてその他複数の建物を、バスの中から見たり、いくつかはバスを降りて見学します。ガイドの説明はもちろん英語ですが、そこは建築を介せばある程度理解できますし、実際の空間を肌で体験することこそ、一番の目的なので No Problem。



ミース・ファン・デル・ローエは、ライト、コルビュジェと共に20世紀の三大建築家の一人で、ドイツからアメリカへの亡命者です。バウハウスの校長だった当時、ナチスによってバウハウスが閉鎖させられ、バウハウスの卒業生からシカゴのイリノイ大学に呼ばれたことからアメリカに亡命しました。彼の作品の中でもファンズ・ワース邸はもっとも有名な建築の一つで、世界中のアーキテクトや建築を学ぶ学生が見学にやって来ます。

この日も人数は20人ほどではありましたが、スペイン人のアーキテクト親子やスイスからきたという年配の女性など、様々なところから参加されていました。




シカゴの街は1871年の大火災で街中のかなりの建物が消失し、その後高層建築が盛んに建てられ、近代建築の宝庫と呼ばれるようになりました。摩天楼発祥の地としても知られ、現在では観光資源としても建築物は大きな位置を占め、建築財団が70種に及ぶツアーを主催しています。年代別、エリア別、テーマ別などに別れ、利用する交通機関も徒歩やバス、自転車、ボートなど多種にわたります。


左のとうもろこしのようなビルが「マリーナシティ」右が「IBMビル」。マリーナシティの下部のらせん部分は駐車場になっており、「ハンター」というスティーブマックイーンの遺作となった映画では、犯人の車がマリーナシティの駐車場からシカゴ川に墜落するシーンが見られるらしいです。IBMビルはミースのシカゴでの最後の高層建築。


シカゴ川の左右に立つビル郡。FOX TVの「プリズンブレイク」はシカゴ郊外のフォックスリバー刑務所が舞台ですが、マイケルの回想シーンで時々シカゴの街も登場します。街の中心を蛇行するように流れるこのシカゴ川を見たとき、マイケルがコンピューターを投げ捨てた川は多分この川だ!と確信しました。帰ったらDVDで確認してみよう。


ループ内の多くの高層ビルには、PLAZA(プラザ)と呼ばれる広場が設けられています。シカゴ市では高層ビルを建築する際、ビルの前に野外彫像を置くよう義務付けられていて、それらの彫像はプラザに鎮座していることから、プラザアートと呼ばれ、シカゴの街の自慢の一つとなっています。この赤いオブジェはミースの連邦政府センタープラザにある「フラミンゴ」。後ろに見える黒く平たい建物は郵便局。


ジェイ・プリッカー・パビリオン 設計:フランク・ゲーリー
大きな野外音楽堂で、滞在中はさまざまなミュージシャンの演奏が毎日夕暮れから行われており、たくさんの人で賑わっていました。


昨日95階のレストランでケンカして帰ったというミソがついた、ジョン・ハンコック・センターもバスの車窓より見学。


レイクショア・ドライブ・アパート
ミースのシカゴでの最初の作品。鉄とガラスの高層住宅建築として画期的な工法で、ミースの名前を世界的に高めた代表作でもある。カーテンウォールが特徴。


ミシガン湖に面したレイクショア・ドライブ




イリノイ工科大学(IIT) クラウンホール






マコーミック・トリビューン・キャンパス・センター 設計:レム・コール・ハース
建物の上に高架鉄道のトンネルがのっかった学生会館はオランダの建築家レムのデザイン。ミースを見に来たところ、こんなところでレムの作品を見れてラッキー。


正面玄関

そしていよいよ今回の旅のひとつ目のビッグイベント、ファンズ・ワース邸へと向かいます。シカゴの街から約1時間と聞いてたのですが、運転手が道に迷って約2時間かかってしまいました。お陰で昼食は10分でとらねばならず、Mio Amoreというローカルなパブレストランで、ビーフのサンドイッチとレモネードを慌てて詰め込んでファンズワース邸へいざ!


















スイスから来ているハンナさんと、ツアー中仲良くなってメールアドレスなども交換しました。他にも建築をやっているであろう、同じ匂いのする?人が何人かいて、言葉は交わさなくても、この空間に実際にいることの感動を共有してる感じが、very niceでした。


夕方シカゴの街に戻り、ミレニアム公園をしばらく散策する。公園とシカゴ美術館を結ぶニコルス歩道橋(レンゾ・ピアノ)


シカゴ美術館新館。この日は無料で公開してあったため、中はたくさんの人でごった返していました。新館はレンゾ・ピアノの設計で今年5月に完成したばかり。シカゴ美術館内には安藤忠雄氏設計の屏風ギャラリーもあります。あまりの人の多さと時間の都合で見ることができませんでしたが、本来ならゆっくり時間をかけて見たい絵画などもたくさんありました。またいつかシカゴに来たいと思った一日でした。



シカゴ美術館北棟内部


シカゴ美術館正面玄関側

せっかくブルースの本場に来ているのですから、シカゴ最後の夜はナイトクラブへ行くことにしました。地球の歩き方でイチオシの「バディ・ガイズ・レジェンド」という店がホテルから歩いて10分位のところにあるので、食事も兼ねて行ってきました。




この日のミュージシャンの名前は忘れてしまいましたが、地元では最も人気がある3人組のブルースバンドらしく、演奏時間が近づくと店内は超満員で盛り上がっていました。やはり本場のブルースはすばらしく、にわかブルースファンになってしまいました。


ここで出される料理はキャットフィッシュ(なまず)、スペアリブなどのソウウフードやケイジャン料理で、この日は海老とジャスミンライスの前菜、キャットフィッシュがのったシーザーサラダ、そしてリブステーキを注文し、ビッグサイズにもかかわらず、美味しかったのでほぼ完食してしまいました。




| デザイン紀行 | 09:32 | comments(3) | trackbacks(0)
シカゴ2日目
シカゴの街は交通網がとても機能的に発達していて、初めて訪れた旅行者でも割りと簡単に利用することができます。


これはダウンタウンを囲むように走る高架鉄道の線路で、「ループ」と呼ばれています。シカゴの街の名物のひとつで、映画やTVドラマなどにもしばしば登場しています。有名なところでは「逃亡者」「あなたが寝てる間に」「ER(救急救命室)」など。


またシカゴといえば、「アンタッチャブル」に描かれているように、アル・カポネが牛耳っていた禁酒法時代のイメージが強く、治安が悪い印象があったのですが、実際に行ってみると人々はとてもフレンドリーで、普通に出歩く分には全く問題ありませんでした。


ループには複数の路線が乗り入れており、色によって路線を区別してあります。ホテルの前のマジソンアベニュー/ワバッシュ駅には、レッド、グリーン、ブルー、ピンクの4路線が乗り入れていました。この日はグリーンラインに乗って、西の郊外オークパークへライトの自邸をはじめとする作品群を見に行きました。


シカゴでは高架鉄道と地下鉄の二つの鉄道を総称して"L"と呼んでいます。全部で8本の路線がすべて色分けしてあり、路線バスとともにシカゴ市の交通局(CTA)が運営を行っています。


シカゴの街中だけでなく、郊外でもセブンイレブンをよく見かけました。このお店は日本の外観とは違いますが、日本と同じ外観のお店もありました。


ライトが最初の結婚で約20年を家族とともに過ごした自邸です。ここのツアーに飛び込みで申し込んだところちょうど2名分の空きがあって、滑り込みで参加することができました。ちょうど着く頃から雨が降り出し、少し肌寒い中ではありましたが、家の内部に入ることができてラッキーでした。写真撮影は厳禁でしたので内部の写真はありませんが、家族のことをとてもよく考えてつくられている住宅で、ライトの実験的な試みが数多くみられました。


のちに増築されたオフィス部分。こちらも当時としては画期的な手法が随所に見られ、来てよかったとつくづく思いました。


以下は、オークパークにあるライト手がけた住宅です。


アーサー・B・ヒュートレイ邸


ネイザン・G・ムーア邸


エドワード・R・ヒルズ・デケイロ邸


ピーター・A・ビーチィ邸


フランク・W・トーマス邸

ユニティテンプル



ライト独立後初めての作品。現存する唯一のライト設計の公共建築物です。
予算が当時の一般的な教会建築の半分という中、コンクリートという新しい材料を使い、キュービック(箱)型のデザインにすることで、教会建築の概念を打ち破った建物と言われています。斬新な中にも威厳に満ちた建築はすばらしく、ライト自身が「小さな宝石箱」と呼んでいたように、彼の建築の特徴が随所にちりばめられています。

雨も止み、お腹いっぱいライトを堪能し、満足した私たちは再びダウンタウンへと高架鉄道で戻りました。ちなみに、このオークパークは、ヘミングウェイ生誕の地でもあり、彼の生家やヘミングウェイ博物館などもあり、時間があればもっとゆっくり回りたかったところです。




2005年に完成したミレニアムパークはシカゴ市民に今一番人気のスポット。


あいにくの雨でしたが、それでも水と戯れる子供たちをみることができました。


クラウドゲートという名の巨大オブジェ


そろそろ日本食が恋しくなってきた私たちは、ミレニアムパークの前でCool Sushi!と書いてあった看板に引き寄せられるように店内へ。シカゴカブスに在籍する福留の名をとった巻物「FUKUDOME」と「カリフォルニア」、そしてビーフがたくさん入ったガーリック醤油味の焼き飯にトムヤムクン風スープを注文。日本食という定義とはかなりかけ離れたメニューではありますが、醤油味の焼き飯や暖かいスープは、私たちの胃袋と心の両方を満たしてくれました。
FUKUDOMEは海老のてんぷらを巻いた巻物にマヨネーズとお好みソースがかけられていて、寿司というよりお好み焼きに近い味でしたがなかなかGoodでしたよ。
| デザイン紀行 | 07:11 | comments(0) | trackbacks(0)
NYからシカゴへ
3日目ともなるとホテルのベーグルの朝食もさすがに飽きてきて、コーヒーで胃袋に流し込み、出発です。

実はNYへ到着後ホテルまで乗せてもらったインド人のMATHARUさんが、後日車内に忘れたカメラケースをホテルまで届けて下さいました。忘れたことに気づいてはいたのですが、もう戻らないとあきらめていたので、ちょっと感激でした。そこでNYを発つ時も、最初はバスを利用する予定だったのですが、MATHARUさんの親切に酬いるためにも御礼の電話を入れて、もう一度空港まで乗せてもらうことにしたのです。


しかし、当日来たのは弟さんでした。ターバンを頭に巻いたMATHARUさんにもう一度会いたかったな。


NYのイエローキャブには、後部座席の前にこんなモニターがついています。
右側がテレビ、左側はGPSを利用した地図(ナビ)です。現在どこを走っているのかが人目でわかるので安心です。

コンチネンタル航空のドメスティックラインでニューアークリバティ空港からシカゴのオヘア国際空港へ。

10:15NY発で11:48シカゴ着とあったので、1時間半くらいのフライトだから熊本−東京間くらいかなと単純に思ったのは間違いで、実際は1時間の時差があるので、2時間半のフライトでした。タイムゾーンでいうとアメリカ中西部に属するシカゴはNYよりさらに1時間戻る計算です。


右2列、左1列の約60人乗りの飛行機。
離陸するのに30分ほど待たされましたが、ようやく離陸の段になって後ろをみると、延々と大小12、3機が順番待ちでずらっとならんでいました。さすがはアメリカ。大陸内の基本的移動手段は車or飛行機のどちらかです。


シカゴのオヘア国際空港は、年間乗降旅客数7600万人を誇る世界第2位の空港です。1位はアトランタ空港。


ホテルに着くと荷物を置いて、すぐに本日の目的地「ロビー邸」へ直行。ライトの作品「ロビー邸」はダウンタウンから南へ約11Kmのハイドパークというエリアにあります。ガイドブックにはCTAバスの6番に乗ればよいと書いてあったので、ちょうどやってきた6番のバスに飛び乗りました。しかし広いハイドパークで、どこで降りればよいかがよく分からず、ドライバーにたずねたところ、横にいた黒人のおじさんが、とても親切に55th St.で降りればいいと教えてくれました。そして彼が降りる際にも、後ろに座っている私たちの方に向かって、大きな声でもう一度「フィフティフィーフス!!」と叫んで、降りて行かれました。黒人が多いシカゴの街ですが、とても親切で人懐っこい人が多いです。


「次降ります」のサインはこのひもをひっぱって伝えます。原始的なしくみですが、結構好きです。


モーガンフリーマン似のおじさんが教えてくれたとおり、55thで降りたはいいものの、そこからロビー邸までは結構距離があり、建築を見て回るときには競歩の選手と化す佐藤のスピードに必死で付いて行ってようやくたどり着いたロビー邸。今日火曜日はなんとCloseでした。
Websiteでちゃんと確認しなかったのが悪かったのですが、ガイドブックに毎日開いてると書いてあったもので、そのことをたてに多少の抵抗を試みるも冷たく拒否され、泣く泣く外側のみの見学となりました。


窓ガラスに張り付くようにして中の写真を撮ったり(結構撮れました)家の周りをうろついて?いる間、同じように休みと知らずに見に来た人たちが10人位はいたと思います。


ライトの建築はどれも天井高が低い。そこには日本の影響があるのです。


再びバス停まで競歩選手と化し、今度はダウンタウンより北のマグニフィセントマイルというエリア行きのバスに乗りました。そこのジョン・ハンコック・センターというビルはX字に組まれた黒い鉄骨が象徴的な超高層ビル。95階にはレストランとラウンジがあるというので、これまでろくな食事をしていないこともあり、ここはひとつ、レイクショアの眺望を肴においしい料理でも食べようということに。





ミシガン湖のほとりの街を見下ろす最高のロケーションでしたが、今日のハイドパークでの競歩が原因でちょっとしたケンカに。せっかくのビーフ(WAGYUと書いてあった)とロブスターも味気なく、95階からのレイクショアの眺めもちっとも楽しめず...。


近くの公園にはたくさんの人が思い思いのスポーツを楽しんでました。


この時期、シカゴ現代美術館の屋外テラスでは、毎週火曜日にはジャズやフュージョンのコンサートが無料で開かれています。たまたま通りかかった私たちもしばらくその場にたたずんで生演奏に耳を傾けているうちに、レストランでのケンカのことはもうどうでもよくなっていました。


シカゴ現代美術館(MCA)は世界で最初に音だけの作品を買ったことで有名だそうで、その企画展示はしばしば論争の的になるほど斬新らしい。









| デザイン紀行 | 15:40 | comments(0) | trackbacks(0)
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