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プラハ・ブルノ・ウィーン 東欧建築の旅 プラハ編
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モルダウ川の向こうにプラハ城を見る(プラハ・カレル橋より)



サカイリブデザインコンペ2011で優秀賞をいただき、恒例の建築ツアー参加権を今回もゲットすることができまして、4月13日〜19日、チェコとオーストリアへ建築三昧の旅に行って来ました。オーストリアには、20年以上前に一度行ったことがありましたが、チェコは今回が初めてで、かなりディープな建築の旅となりました。

また、建築家古谷誠章氏、デザイナー小坂竜氏をはじめ、鈴野浩一氏(トラフ建築設計)や藤江和子氏など、錚々たる面々とともに1週間を過ごさせていただき、またまた刺激をたくさん受けて帰ってまいりました。

Face Bookではリアルタイムでアップしていたものの、ほとんど詳しい説明はできていませんでしたので、少し説明を加えながら、スケジュールに沿って今回の旅を総括したいと思います。


4月13日(金)

成田を11:15発のオーストリア航空で出発する予定が、2時間ほど遅れ、13:00過ぎにようやくウィーンに向けて飛び立った。その日はプラハに宿泊の予定なので、ウィーンでプラハへの便に乗り換えるはずだったのが、当然2時間も遅れれば乗継便には間に合わず、急きょバスに5時間揺られて国境を越えるというハプニングで幕を開けた1日目。結局プラハに着いたのは夜中の1:30ごろだった。


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プラハでの宿泊先、モーベンピックホテルプラハ。


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このホテル、朝食はかなりよかった。

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町並みを見ても、そこにいる人々を見ても、旧共産圏のイメージはほとんどない。



4月14日(土) プラハ

さて、ハプニングはあったものの、一夜明けた一発目は、この旅の目玉の一つである

◆MUELLER House:by Adolf Loos 1930
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アドルフ・ロースは、「装飾は罪悪」で有名なオーストリアの建築家。このミュラー邸では外部装飾を抑え、内部空間の豊かさを追求した「ラウムプラン」と呼ばれる室内構成を追求している。

内部の撮影が禁止されていたので、外観の写真しかお見せできないのが残念だが、実際に外観からは想像できない、複雑な内部構成になっており、「装飾は罪悪」というほど内部はシンプルではない。コルビュジェやミースの唱えたモダニズムの思想とは一線を画したもののようだが、アールデコの時代に、しかもプラハという土地で、「装飾は罪悪」を主張したその意味は、建築家の美意識よりも住まい手の在り様を優先するということらしいと知り、それはこの旅による新たな発見だった。


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ミュラー邸は、プラハ城やプラハの街を見下ろす高台の閑静な住宅地にある。
施主はロースの友人で、3人家族のセカンドハウスだったようだ。


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玄関もこじんまりとしていて、外部はシンプルそのもの。


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今回、古谷誠章先生のご友人であるスラペタ教授がプラハの街をいろいろと案内して下さいました。


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早稲田大学建築学科の教授でもある古谷誠章先生と。


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建築ジャーナリストの淵上正幸さんとは、かれこれ4回目の旅。



<Garden City Ořechovka>

◆House of Architect :by Jaroslav Vondrák 1924
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◆Brick Artist's Colony:by Pavel Janák 1924
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◆プラハ工科大学建築学科:by Alena šrámková 2005-2010
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<プラハ城>

◆プラハ城オランジュリー:by Eva Jiricna 1999
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◆聖ヴィート大聖堂:ゴシック建築 by Mathias from Arras and Peter Parler
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お城の中にある教会は珍しいそうで、プラハ城にはこのほか聖イジー教会、宮殿、庭園、尖塔などが含まれる。プラハ城の周辺「プラハ歴史地区」一帯が世界遺産として登録されており、ギネスブックによれば、プラハ城は世界で最も古くて大きいお城だそう。


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大聖堂の中にはいくつかステンドグラスがあるが、これが最も有名なアルフォンス・ミュシャ作のステンドグラス。ミュシャはチェコ出身。


◆Vladislav Hall:by Benedict Ried 1500
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正門前の広場からはプラハの街が一望できる。


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裏側の広場で記念撮影


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門番の衛兵さんの前で。




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プラハ城の一画に「黄金の小道」という通りがあり、手づくりの土産物などを売る小さな店が並んでいる。写真の青い壁の家は、黄金の小道にある、作家のフランツ・カフカが仕事場に使っていた家。


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プラハを流れるヴルタヴァ(モルダウ)川に架かるカレル橋は、ヨーロッパに現存する最古の石橋。
橋の欄干には彫刻が並んでおり、露天や大道芸人、ミュージシャンの演奏等に足をとめる観光客で賑わっていた。



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プラハ旧市街。プラハは空襲にあっていないため、古い町並みがそのまま残っている。
広場には赤いテントの露天が並び、お祭りのようにごった返していた。



<キュビズム建築>
キュビズムといえば、ピカソをはじめとする20世紀の画家たちによっておこされた芸術運動が有名だが、チェコでは世界で唯一、キュビズムが建築に応用され、プラハを中心とした各地に斬新で奇抜なキュビズム建築が誕生した。

キュビズム建築の特徴は、カットグラスのような立体的な壁面や幾何学的なデザインモチーフだ。
キュビズム美術が一点透視図法を否定し、いろいろな角度から見た物の形を一つの画面に収めているように、キュビズム建築もその立体的な壁面が刻む陰影が、見る角度によって違う表情を生み、当時のプラハの若手建築家たちの、モダニズム建築や権威主義に対する実験的挑戦、といったみずみずしいエネルギーを感じるが、やがて戦争を経て共産主義へと移行するチェコではキュビズムの嵐も10数年で幕を閉じてしまう。

◆Black Madonna Hosue:by Josef Gočár 1912
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最も多くのキュビズム建築を残したというヨゼフ・ゴチャールの設計。
「黒衣のマドンナの家」と呼ばれているのは、建物のすみに黒い聖母像があったから。
内部には、キュビズム美術館やキュビズムカフェ「Orient」がある。




◆Villa at Libusina Street(コヴァジョヴィッチ邸):by Josef Chochol 1913
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チェコのキュビズム建築を代表する建築家、ヨゼフ・ホホルがプラハのヴィシェフラト地区に設計したキュビズム建築は"ホホルの3部作"と呼ばれており、これはその一つ。


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立体的なカットが入った扉に星のような幾何学模様のデザインが施された玄関ドア。


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こちらがコヴァジョビッチ邸の庭側。
通りに面した裏側の方がキュビズムの特徴が顕著なので、そちらの写真がよく用いられるが、鉄柵のデザインや庭のつくり(建物に対して斜めになっている)などもキュビズムテイストが満載で面白い。


◆Apartment House at Neklanova:by Josef Chochol 1913
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ホホルの最高傑作と言われている「ネクラノヴァ通りの集合住宅」。
この建物は、2本の道路が斜めに出会うT字路にあり、鋭角な角地に建てられている。斜面の連続で構成されている壁面、多角形の庇など、見れば見るほど楽しくなるキュビズム建築。坂道に面した1階の窓は、傾斜に合わせて違うデザインになっている。



◆Family Triplex :by Josef Chochol 1913
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ホホルが最初に手掛けたキュビズム建築がこの「ヴィシェフラトの三世代住宅」。


◆Fmily Duplex at Tuchon Street:by Josef Gočár
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ゴチャールが手掛けた「フラッチャニの二世帯住宅」は、アールヌーヴォー様式で建てられていたものに、途中からキュビズムを足したものだそうだ。



◆National Nederland Building:by Frank O. Gehry 1996
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カレル橋から南へ二つ目のジラスクブ橋のたもとにあり、中世都市プラハの街並みでひと際異彩を放っているのが、フランク O ゲイリーの「ナショナル・ネーデルランド・ビル」。突出した二つの円筒形のゆがみが、ダンスするカップルに似ていることから「ダンスハウス」とか「ダンシングビルディング」とも呼ばれている。



さて、この日はこれで終了。
翌日は、ジャン・ヌーベルがデザインした「プラハ・アンデル」を見学して、ブルノへ移動。ミースの「テューゲンハット邸」に行きます。
| デザイン紀行 | 12:22 | comments(0) | trackbacks(0)
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