Active Feeling

ACTIVE DESIGNの日常やその時に感じたことなどを書いていきたいと思います。
<< かい歯科 進捗状況 | main | 京都紀行 俵屋旅館編 >>
京都紀行 桂離宮編
江戸時代初期、八条宮智仁・智忠親王父子が別荘として造営した桂離宮。
初代・智仁親王は、幼少時に豊臣秀吉の養子となるが実子の誕生により解消され、のちに兄・後陽成天皇からの譲位の申し出も徳川家康の反対で実現しなかった。「ならば王朝文化の再興をめざそう」と、桂離宮の普請に後半生を捧げ、池に張り出す「月見台」など、独特の造形を生み出した。

素材を選び抜き、それぞれの持ち味を最高に生かした建築。技巧の限りを尽くしながら、さりげない表情をみせる庭園。誇らしげな美よりも慎ましやかなものに価値を置く美意識は、「日本美の極致」と讃えられてきた。

その美意識を心ゆくまで堪能したいと期待を膨らませて拝観に臨んだのだが、何しろ宮内庁によって厳しい管理・運営がなされていて、数十人ずつグループになって、ぞろぞろと引率役の宮内庁職員さんのあとを付いて行かねばならず、挙句のはては、桂離宮の中枢をなす御殿内部は全く見ることができなかったのは残念であった。しかしそこまで徹底した管理をしていればこそ、この美しい離宮を後世にまで残すことができるのだろうと他の見学者の方たちとなぐさめ合いながらの約1時間の拝観でした。ちなみに予約をして、当日も本人の確認ができなければ拝観はできませんが、入場料は無料でした。

それでは見学コースの順を追って桂離宮をご紹介します。


表門(おもてもん)


桂離宮の正門。檜丸太を門柱とし、割竹を木賊(とくさ)張りにした門扉と袖垣をもつ。この表門は特別の場合以外は開けられることはないので、私たちはふだんの出入り口、黒御門という入口より入場します。


御幸門(みゆきもん)


表門の奥、砂利道を50メートル程入ったところにある。ここを入ると右手に小石を敷き詰めた霰(あられ)こぼしの御幸道が御殿へと導いているが、途中で左へ枝分かれしており、コースはそちらから池に沿って時計回りに進みます。


御腰掛(おこしかけ)


枝分かれした御幸道をさらに左に飛石で路地に入ると御腰掛がある。寄棟茅葺き屋根をくぬぎの皮付丸太で支え、吹き放しで二間の腰掛と砂雪隠(すなせっちん)がある。



砂雪隠内部。その名のとおり、砂が敷いてありました(特に穴が掘ってあるわけではない)


そして御腰掛の前を横に走る敷石が「行の敷石」と言われる延段である。桂離宮には真、行、草の三つの敷石があるが、真を正格、草を型にとらわれない自由な形とすれば、行はその中間である。

行の敷石(ぎょうのしきいし)



洲浜(すはま)


御腰掛から苑路を進むと突然視界が開け、水辺に近く降り立っているのに気がつく。黒く扁平な石を敷き並べた洲浜が池に突き出して、先端には灯籠を据え、岬の灯台に見立てて海の景としている。その先の小島を石橋でつないで天の橋立に見立てている。その向こうに見えるのが松琴亭だ。


松琴亭(しょうきんてい)


松琴亭は桂離宮でもっとも格の高い茶室です。松琴亭へはにじり口へ向けられた石橋を渡って行きます。この石橋のところから右手に池辺に下りる飛石があり、写真では分かりにくいですが、飛石の先、池水に配される四個の石は、水桶を載せ、柄杓を配し、池の流れを吸込海に見立てた「流れのお手水」と称されている。


石橋


長さ6メートル、幅65センチ、厚さ35センチほどの切り石を渡したもので、石は京都白川辺の産とされる。この日は雨が降ったり止んだりの天気だったこともあり、結構渡るのには慎重を要した。引率の係の人が、口を酸っぱくして「移動中は写真を撮らないよう」注意していたが、確かによそ見していたら落っこちそうだ。


松琴亭一の間


松琴亭は茅葺き入母屋造り、池に面してくど構えを持つ。一の間は床、厨子棚、石炉のある十一畳。床貼り付けと二の間境の襖の、白と濃い青の市松模様は優れた意匠として知られています。矩(かね)の手に折れて西向きにある石炉は寒さを防ぐ暖炉であり、茶事に供される料理の保温にも用いられたそうだ。石炉の先には杉のへぎ板を網代に編んだ建具がある。

この一の間から北に庭を見ると、茶事をしながら庭を見れるよう、また客の目の前で料理して供されるよう、庭に面したところにくど構えをしつらえてある。普通は裏手にひっそりつくられるであろうかまどを正面に据えるなど、大胆で斬新な、何とも粋なはからいである。

一の間北側のくど構え


くど構えの下に敷いてある石の色に注目してほしい。小石も飛石も青と白の組み合わせになっているこの憎いまでの演出。コーディネートという言葉が薄っぺらに感じられてくる。


松琴亭二の間


二の間は六畳。半間の違い棚がある。棚上と襖の青はだいぶ色あせているものの、当事はかなり鮮やかなブルーであったであろうことを思うと、奇抜ともいえるその斬新さはどこからきたのだろうか。

屋根の妻に「松琴」という後陽成天皇の筆による扁額がある。


これ自体は複製に置き換えてあるらしいが、桂離宮のポケットガイドによれば、「もとの額は材そのものもつくりも粗末かつ稚拙で、御手製かと疑われるほどである。それをかえって大事に離宮内最高の格をもつ茶室に掲げる心が桂離宮なのである」とある。贅をつくしてありながら、簡素を良しとする、統一感があるようで実は色々なものが雑然と同居している、そういう一筋縄ではいかないところに、桂離宮の魅力があるのだと思います。


賞花亭(しょうかてい)


ここは離宮のなかでもっとも高い位置にある峠の茶屋風の茶室である。



ここからみる山の端の形は、日本昔話のそれに似ている。


円林堂(えんりんどう)脇の飛石


賞花亭を下りると円林堂の脇に出る。ここの飛石はモダンだ。屋根から落ちる雨水を受けるために、小石を帯状に細く敷き詰めた雨落石(あまおちいし)にからんで、左右に揺れながら縫って走る正方形の飛石。桂離宮は飛石だけでも見ごたえ十分で、下ばかり見て歩いていたような気がする。


笑意軒(しょういけん)


笑意軒は茅葺き寄棟にこけら葺きの庇をつけた屋根で、深い土庇を持つ田舎屋風の茶室です。




一の間、中の間、口の間、次の間、膳組の間などがあり、中の間南面の腰壁張付けは、舶載の市松模様ビロードを金箔が鋭く切り裂く斬新な意匠で有名。




草の敷石(そうのしきいし)


笑意軒の前に敷かれた延段が「草の敷石」と言われるもの。御腰掛にあった「行の敷石」と比べると違いがよくわかる。



御殿古書院の月見台


桂離宮の中枢をなす書院群は、東から古書院、中書院、楽器の間、新御殿と、雁行形に連なって立ち並んでいます。古書院には、池に面して月見台が設けられ、中書院は、一の間、二の間、三の間からなり、楽器などを格納していた楽器の間もある。

しかしこの御殿の建物は、内部はもちろん外部も遠巻きに見ることしかできませんでした。

智仁親王が桂離宮の中で最初につくったのがこの古書院であり、古来より月の名所とされていた桂の地に(平安時代には藤原道長も別荘を構えていた)月を最大限に美しく観賞するための舞台としてつくったのがこの月見台。従って軒の出も、庇が視界を邪魔して月の観賞の妨げにならないよう短くつくってあるし、舞台に座った時に、水面に映る月を美しく観賞できるよう、手すりのような囲いも一切ない。建物そのものが、いかに月を美しく観賞するかというその一点でデザインされている贅沢。

日没後、この舞台に座って池の向こうにいずる満月を、そして水面を揺らす満月を愛でてみたい...それは叶わぬ夢ですが、本当に桂離宮のすばらしさを体感できるのは、月夜でなくてはならないのだと思います。


新御殿


新御殿は、智忠親王が後水尾上皇をお迎えするために増築された建物である。参考文献によれば、一の間の南に櫛型窓の付書院をそなえ、その脇に棚板、地袋、袋棚を巧みに組み合わせた桂棚と呼ばれる違い棚があるらしい。この棚は、修学院離宮の霞棚、三宝院の醍醐棚とともに天下の三棚と称されている。なお、昭和51年から平成3年にかけて各書院及び茶室の解体大修理が行われ、古い柱や梁などの部材をそのまま用いて再び組み上げてあるそうだ。


月波楼(げっぱろう)


古書院に近い池辺の高みに建つ茶亭が月波楼。月を見るのによい位置にあり、正面右手の部屋は、池を眺めて見晴らしが良く、正面奥の座敷から北を見ると池は隠れて見えない趣向である。


池を眺める中の間の窓。池の向こうに見えているのは松琴亭。青と白の市松模様もこの窓から眺められる。


こちらは刈込みの上に紅葉山(もみじやま)が見える一の間の窓


舟底天井


よしずを並べた野地を竹木舞で押さえ、中央を曲木の束一本で支えて軽い印象を与える工夫がなされている。


中門


参観の順路は御幸門から御幸道を途中で左折しましたが、そこを折れずに御幸道をまっすぐ行ったところに中門があり、ここを入ると斜め前方に向けて「真の敷石」と言われる石畳が御輿寄に延びています。


御輿寄(おこしよせ)


真の敷石(しんのしきいし)


この石畳が「真の敷石」。ちなみに中央にある石は「留石(とめいし)」と言って、ここより先には入ってはいけませんという意味を持つらしい。この先が書院の表玄関なわけですが、石段を四段上がると六人の沓(くつ)を並べられるとして「六つの沓脱」と呼ばれる白川石があります。


住吉の松


外からやってきた訪問者から、庭の内部を隠す目隠しとして植えられたもの。こうやって見えなくされると余計に見てみたいという欲求が増す...そのための演出。


桂垣(かつらがき)


桂離宮独特の竹垣。生きた淡竹(はちく)を折り曲げて編みこんであります。桂川右岸の道を250メートルにわたって続いているが、道路に面しているので、時々事故の被害をこうむっているという。


穂垣(ほがき)


桂垣とともに桂離宮の顔であるもうひとつの竹垣。


一筆箋


参観記念に一筆箋を買いました。左から松琴亭の市松模様、書院襖障子の月の字をかたどった引き手金具と桐紋、御輿寄せ前庭の「真の敷石」、そして随所にみられる網代の意匠の五種類の図案が裏面に描かれています。
 
あ、それから「月の桂離宮」という写真集付きDVDも買いました。
あー月夜の桂離宮を肉眼で見てみたい。




最後に、引率された宮内庁の職員さんとその御一行。もっと一つ一つをじっくりと見て回りたかったというのが本音ですが、もし機会があれば今度は秋の桂離宮も体験してみたいです。

ここまで長々とお付き合いいただきありがとうございました。
桂離宮、行ってみたくなったでしょ。

次は俵屋旅館をお楽しみに。
| デザイン紀行 | 10:56 | comments(0) | trackbacks(0)
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック機能は終了しました。
トラックバック
CALENDAR
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< January 2020 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
LINKS
PROFILE