Active Feeling

ACTIVE DESIGNの日常やその時に感じたことなどを書いていきたいと思います。
<< 花見客は風邪ひかぬよう | main | かい歯科 進捗状況 >>
京都紀行
桂離宮を見に行きたいと、この10年位ずっと思いながら、宮内庁管轄のその御殿は参観予約が必要で、インターネットでの予約は3か月前でもすぐに一杯になってしまうため、ずっとそのままになっていました。今年の年明けに、桜が咲く頃にと往復はがきで申し込んだところ3月29日の参観予約がとれまして、マイルもたまっていることだしと、一泊で京都へ行って参りました。
今日は順を追って春まだ浅い京の旅をご紹介したいと思います。


まず最初は、京都駅にほど近い東寺(とうじ:世界遺産)へと足を運びました。


五重塔




この現存する日本最古の五重塔は、826年の弘法大師の創建ですが、しばしば災禍を受け、焼失すること四回。現在の塔は、1644年徳川家光の寄進によって竣工したものだそうです。総高55mというのは木造の建築物としても日本一の高さで、京都のランドマークタワーとして、新幹線の車窓からもすぐに目に入ると思います。内部は非公開だったので外部しかみれませんでしたが、極彩色に彩られた密教美術を見てみたかったです。落雷に弱いため4度の焼失を経ていますが、地震で倒壊した記録はないそうで、これは五重塔の塔身が各層ごとに、軸部・組み物・軒を組み上げ、これを最上層まで繰り返す積み上げ構造になっているから。柔構造で、地震のエネルギーは接合部で吸収され、上層へ伝わるにつれ弱くなるとともに、下と上の層が互い違いに振動することになるので、倒れようとする力より元に戻ろうとする復元力の方が大きく、地震に強いと考えられています。


御影堂(大師堂)




かつて司馬遼太郎は、「京都の寺院を歩くには、平安最古の遺構である東寺の境内を出発点とするのがふさわしく、古い形式の住宅建築である御影堂を見たのちに他の場所に移って行くのが京都への礼儀である」と書いていると立札に記してありました。彼は空海の住房であったこの御影堂の建物がもっとも好きだといい、知人との待ち合わせも御影堂を指定する程だったそうです。「身は高野、心は東寺におさめをく」と言った空海の言葉とともに、この場所にいると不思議に落ち着くような、また何度も来たいと思わせる何かがあるところです。ちなみにここで、今年大学4年になる息子の就職成就を祈願して、護摩焚き用のお札を納めて参りました。


観智院客殿




客殿内部は、上段の間、次の間、羅城の間、暗の間、使者の間からなり、上段の間には、宮本武蔵筆の「鷺の図」「竹林の図」が描かれています。ちょうど吉岡一門との決闘を果たしたころに、武蔵はこの観智院に逗留していたらしく、これらの作品はその頃に書かれたものだそうです。奥にあった書院や茶室もすばらしく、東寺の奥深さに触れるとともに、司馬遼太郎でなくとも、東寺が好きになりました。

その他にも国宝の金堂、重文の講堂、宝物館などを拝観し、空海直筆の書などもたくさん見ることができました。「弘法も筆の誤り」ということわざがあるほど達筆の空海ですが、何となく人間くさい味を感じてしまったのは私だけけしょうか。


ここ東寺では、毎月21日の空海の命日には「弘法さん」と呼ばれる市が立ち、境内には千軒以上の露店が並ぶそうです。今度は是非21日に訪れてみたいものです。




数年前に移植された樹齢百数十年という不二桜。ソメイヨシノはまだ3分咲きでしたが、このしだれ桜は満開でよかった。




境内を歩き疲れて立ち寄った茶店でぜんざいセットを食べました。ほうじ茶と塩昆布があと口にちょうど良い塩梅で、疲れも吹き飛んだ午後でした。



そのあとは、豊臣秀吉の正室である北政所(高台院)が秀吉の冥福を祈るため建立したという高台寺へと足を運んだのですが、ここの近くには坂本竜馬をはじめとする幕末の志士の墓所があります。昨今の歴史ブームで、若い女性やカップルで高台寺界隈はかなり賑わっていました。その流れに乗りまして、まずは二年坂、三年坂をぶらぶら。




春休みということもあって、たくさんの人でごった返していました。




左が坂本竜馬、右が中岡慎太郎のお墓です。京都霊山護国神社から小高い丘を登ったところにあります。




同感です。あの時代にあれだけのフレキシビリティを持てたことは、本当にすごいことだと思います。




歴女たちがあっちにもこっちにも一杯で、何だか古都京都も桜とともにえらく賑やかな雰囲気に染まっていたような。

ちなみに墓所の麓にある霊山歴史館は、幕末維新ミュージアムとして竜馬暗殺の現場「近江屋」の模型やその時に竜馬を切ったとされている、桂早之助の刀などが展示されていました。予定外にそんなところまで見学していたら、肝心の高台寺を見る時間がなくなり、本日の宿への入り時間が遅くなってしまいそうだったので、急きょタクシーで宿へと向かいました。


というのも、マイルを使って交通費が浮くならば、宿泊は思い切ってずっと行きたい行きたいと憧れさえ抱いていた、日本が誇る名旅館「俵屋旅館」に宿をとることにしたのです。そうなれば日のあるうちにチェックインして、写真を撮ったり、実測等しなければならないことがたくさんあるもので。


しかし、長くなりましたので、俵屋についてはまた次回ということで、今日は終わります。桂離宮もあるし、京都後篇はまた今度。

| デザイン紀行 | 17:41 | comments(0) | trackbacks(0)
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック機能は終了しました。
トラックバック
CALENDAR
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< January 2020 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
LINKS
PROFILE